fujihanawa’s diary

Jリーグとか買い物とか

石井監督 お疲れ様でした

私は鹿島生まれ鹿嶋育ちなので、Jリーグが始まった幼稚園の頃から、アントラーズを応援してました。といっても父も母もサッカー(というかスポーツ)はそれほど興味がなかったんであろうことと、チケットは兎に角、値段が高い、そして手に入らなかったので、カシマスタジアムには全然行かなかった。

母と一緒にカシマに行ったのはサテライトの試合で、たぶんチケットは安かったかタダだったかだったかと思うけど、その試合は負け私は悔しくて大泣きしたのを覚えてる。というか母から「めちゃくちゃ泣かれてもう連れて行くのやめようと思った」と時々蒸し返される。

 

前述の通り母はサッカーに興味はないが、母の友達にはアントラーズを応援しているひとがいて(母は鹿島生まれ鹿島育ちの「原住民」なので母の友達も原住民)、今年の元旦に実家に帰って天皇杯決勝をテレビにかじりついて見てた私に、

「ああ、この人が石井監督なんだ。〇〇さん(母の友達)が、『私は石井さんの大ファンで、とっても優しくて人が良くて、現役の時から好きだった。監督を辞めないで欲しい』って言ってたわ。いちどストレスで病気になっちゃったんでしょ?」

という話をしてきた。いわくとにかく良い人である、ということが母の友達の心を掴んだという。

あと鹿島の監督はずっとほぼブラジル国籍であったから、日本人でコミュニケーションが取れる監督、しかも腰が低いというのは今まででない体験で、より身近で更に応援したくなる存在になってたのかと思う。

おそらく多くの方が、その人柄に惹かれて応援し出たのだと思います。地元に愛される監督。解任は残念ですが、お疲れ様でした。

 

石井監督采配で1番印象に残ってるのは、15年ナビスコ杯決勝かなぁ。カイオ、優磨くん二枚替え。あれは効いたよねぇ…。終盤にやまむーをボランチにして岳くんを1列前にするパターンもハマってた。あとは16年のCS決勝2ndレグ、途中出場の優磨くんを下げたのも印象深い。

結局タイトルをとった試合が心に残ってるんだけど、就任から2年弱で国内主要3タイトル獲得は改めて偉大。ガンバ3冠のときの宇佐パトみたいな、絶対的な何かがあった訳ではなかったので(もちろんタレントは揃ってたけど)、監督の力かと思います。とにかく今はありがとう、ですね。